盛岡地方裁判所 昭和35年(モ)154号 判決 1960年11月24日
債権者 三浦豊吉
右訴訟代理人・弁護士 吉田賢雄
債務者 佐藤石蔵
主文
当庁昭和三五年(ヨ)第八六号不動産処分禁止仮処分命令申請事件につき、昭和三五年七月五日なした仮処分決定は、これを認可する。
訴訟費用は債務者の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一、本件不動産が、もと訴外三浦正兵衛の所有であつたこと、同人が六年前から老人性痴呆症により意思能力を喪失しておること、昭和三四年一一月四日債務者が、右三浦正兵衛の面前で同人の妻スヱから本件不動産を金一〇〇万円で買受け、その頃その所有権移転登記がなされたことは、当事者間に争いがない。
二、成立に争のない疏甲六号証に証人三浦正夫の証言によれば、本件不動産は昭和二二年一〇月右三浦正兵衛より原告に贈与されたものであることが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
三、債務者は、正兵衛の妻スヱが本件不動産の売買契約につき代理権を有していた旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。
四、次に、債務者は、右スヱに代理権がなく、右の売買契約が無権代理に基ずくものであるとしても、昭和三五年二月二七日右の売買契約を追認したから、右売買契約は遡つて適法有効のものである旨主張するので検討する。
1 訴外三浦正兵衛が昭和三五年一月二七日禁治産宣告を受け、同年二月一〇日同人の妻スヱがその後見人に就職し、同人が同月二七日先にした本件不動産の売買契約を追認したことは、債権者の明らかに争わないところであるから、自白したものと看做す。
2 債務者は、右の追認は許されないものである旨抗争するので、さらにこの点について検討する。
債権者が、昭和三四年一二月九日右三浦正兵衛に代位して、本件の所有権移転登記抹消の本訴を提起し、これが当庁昭和三四年(ワ)第二一三号事件として係属中であることは、債務者の明らかに争わないところであるから自白したものと看做す。
成立に争いのない甲第九号証によれば、債権者の息子三浦正一は、昭和三四年一二月二五、六日頃北見市の三浦正兵衛方に至り、債権者が右正兵衛に代位して移転登記抹消の訴を起した旨を同人の妻スヱに伝え、さらに翌三五年一月二五、六日には同人に対し右訴訟の訴状を示して同様の趣旨を伝えておることが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
3 債権者が、債務者に代位して権利を行使した場合、債務者は、右代位行使事実を了知した後においては、代位行使の目的となつた権利の処分は許されないと解せられておる。
これを本件について考察するに、本件において、債権者が三浦正兵衛に代位して行使した権利は、本件不動産の所有権移転登記の抹消登記請求権であり、右三浦正兵衛の法定後見人妻スヱがした売買契約の追認は、無効な売買契約を有効ならしむる行為であるから売買と同視すべきもので、とりもなおさず本件不動産の所有権の処分である。
したがつて、右スヱのした追認行為は債権者の代位行使した所有権移転登記の抹消登記請求権そのものの処分ではないけれども、その登記請求権は訴外三浦正兵衛に本件不動産の所有権の存することを請求の主内容とし、登記請求権はこれが実現のための法技術的な主張であるから、右の登記請求権はその所有権の存否の主張を内在的に包含しておるものと解せられる。
してみれば、三浦スヱの追認は、債権者の行使した移転登記の抹消登記請求権を処分する性質を有し、債権者が右権利を行使したことを三浦スヱは昭和三四年一二月二五、六日頃三浦正一から伝達説明を受け了知したのであるから、その後に当る昭和三五年二月二七日にこれを行うことは許されないところであつて効力を有しない。
五、してみれば、債権者の本件仮処分命令の申請は理由があるから、先に発した仮処分命令はこれを認可すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中平健吉)